2008年12月3日水曜日

捨てた物じゃない

記述日時:2005年11月20日00:15

新しい自転車が巨大なダンボールに包まれて我が家に到着した。何歳になってもピカピカの自転車は嬉しい。てなわけで早速自転車で遠出をすることにした。

天気も良く、豊洲、月島などを気持ちよく回りながら勝鬨橋を渡って築地場外でカレーうどんを食べた。銀座をぶらぶらしている内に夕闇が迫ってきたので、夕飯の支度に間に合うように帰ることにした。

家に帰ったのは6時くらいだった。魚を解凍し、炊飯器のスイッチを入れ、お茶を飲みながらミクシィでもやろうかと思った矢先、財布が見あたらないのに気づいた。そういえば帰宅してから財布を見た記憶がない。家中を探したが何処にも無い。考えたくはない可能性だが、自転車をこいでいるときにジーンズの後ろポケットから落ちたのだろうか。財布の中には各種カードや保険証、現金をはじめ、およそ日常必要な物が全て入っている。それらが悪用される可能性や再発行の煩わしさを考えると気が遠くなるのを感じた。

家での捜索に見切りをつけ、自転車で探しに行くことにした。最後に財布を出したのは佃島のスーパーで野菜を買ったときだから、佃島から自宅までの間で落としたはずだ。しかもその後月島界隈をぶらぶらしたので捜査範囲は死ぬほど広い。しかし早く行けば見つかる気がして〜というかそう思いたい一心で、疲れた脚に鞭打って来た道を戻って行った。

ライトで夜道を隈無く照らしながら「これは見つかりそうもないな」と思い始めた。夜なら暗くて拾われないかもと思ったけど、ほとんどの歩道は街灯で照らされていて誰も気付かないとは考えづらい。拾って交番に届けてくれればいいが、今の日本でそれを期待できるだろうか? 自分だったらどうする? 行けば行くほど“きっと見つかる”という期待は夜の闇に虚しく吸い込まれていく

途中、東雲の交番で「遺失物捜索願」を提出し、管内の警察署に問い合わせてもらうが成果は無かった。対応してくれた警官が一刻も早く家に戻ってカード会社に電話して止めてもらった方がいいと薦めてくれた。自分もそう思ったが、まだ諦める気になれない。と言うより自分が財布を無くすなんてヘマをしたことを認めたくないのだと思う。なんとか財布を見つけて失態を帳消しにしたいだけなのだ。冷静に考えればカードの停止が最優先で、自分で見つけたり誰かが交番に届けてくれるのを期待するのは明らかに合理的な判断じゃない。悪い人に拾われて今この瞬間に不正使用さているかも知れないんだから。しかし僕は頭の中の「きっと見つかる」という愚かな囁に負けた。とりあえず次の交番がある豊洲の交差点まで探して、それでダメだったら家に戻ってカード会社に連絡しよう。

結局、何の収穫も無いまま豊洲の交番に着いてしまった。一応「青い皮の財布が届いてませんか?」と聞くと、警官は「無い」と即答した。軽い絶望を感じて帰ろうとすると、奥から出て来た別の警官が何か身元を証明できる物を持ってるかと尋ねてきた。「遺失物届けならもう出しましたよ」と答えたが、とりあえずそこに座れと言う。早く帰りたいのにと思いつつも疲れて抵抗する気にもなれず、大人しく座って警官の質問に答えた。氏名や住所などを聞いた上で、何か身元を証明できる物がないか重ねて聞いてくる。あわてて家を出たのでIDの類は持ち合わせておらず、自転車も買ったばかりで未登録だ。そう答えると警官は何故か思案顔をしている。もしやと思い「財布が届いているんですか?」と聞くと、それには答えず「携帯に自分の名前は入ってる?」と聞き返してきた。「親族ぐらいしか入ってません」と言うとまた警官は困っている。さすがに変だと思い「もしかして財布があるんですか?」と言い寄ると、警官はしぶしぶ「ひとつ届いている」と認めた。

狐につままれたような気がした。さっきまですっかり諦めていたので俄には信じられない。どうやら身元証明が出来ないと「遺失物」についての情報を一切与えられないようなのだ。ともかく財布と再会できる可能性が急に高まったので僕は自分の体中をまさぐって、やっと妻名義の図書館の貸出カードを見つけ出した。それには住所が記入されてなかったので証明には不十分だったが、警官は妻に電話して確認できればいいと言う。仕事先の妻と連絡がつき、ついに警察の規定を満足させることが出来た。

警官が奥から出してきたのは紛れもなく僕の財布だった。やや表面に傷が付いてしまったが、中身は何も抜かれていない。嬉しいというより安心して気が抜けるのを感じた。記録を読むとどうやら僕が落としてすぐに誰かが拾って交番に届けてくれたらしい。世の中には本当にいい人がいるものだ。その人は連絡先を言わずに去ったそうなのでお礼を言うことは出来ないが、その人の良心と誠意に心から感謝した。

警官にしつこい程お礼を言って豊洲交番を後にし家に向かった。脚の疲労は頂点に達していたが、安堵感と幸福感がそれを軽減してくれた。東雲の交番にも寄ってお礼を言い、暗い運河沿いの坂道を上りながら思った。「まだまだ日本も捨てたもんじゃないなぁ〜」って。

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